これからはこうしましょう

・しんどい時にはしんどいと言う
・評価されない時はがんばらない
・がんばったことはアピールする
・何事も手を抜く
・感情的になるのは恥だと思わない
・自分の気持ちを他人の気持ちより優先する

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# by oshichisblues | 2018-01-13 22:25 | 人生休憩中 | Comments(0)

ネットに向かって表現する

ネットをぶらついてると思う


みんな見て!
私のこの素敵な生活!
私の素敵な環境!
見て!見て!見て!


っていうのが、結局言いたいことなのかなって

そして深呼吸して画面から離れ
晴れた空を見上げる

幸せだろうと不幸だろうと
何かを持とうと持たざろうと

そんなの関係なく空は青いし
人間は誰でも死んでいく
大した差なんてない

人の心なんて、空から見たらちっぽけなもの
でも恐ろしく膨らんでいくもの
嫌な方向に膨らんでいく心に振り回されてはいけない

それは悪魔なのだから
自分の中の悪魔を深呼吸で囲い、檻に閉じ込めなくてはならない

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# by oshichisblues | 2018-01-13 14:32 | 人生休憩中 | Comments(0)

怒りの返納

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# by oshichisblues | 2017-12-15 17:10 | 人生休憩中

Swing Out Sister - The Living Return

自分の怒りの源に向き合うと決めて
でもまだ精神科に予約が取れない

日向ぼっこしてこのアルバムを聴く

全ての楽器がそれぞれ心地よく響き
一部と全体を同時に感じることができる

人間が人間のために奏でる音楽

慎重に事を進めるように演奏される音楽に包まれる

日差しも
音楽も
ゆっくりでいいんだって、教えてくれる




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# by oshichisblues | 2017-12-14 12:39 | つぶやき | Comments(0)

お前らに何がわかるんだ(続き) 〜怒りの根源:7才の時受けたいじめ(性暴力)

今春から休職し、言葉にできない苦しさがずっとあったのだが
やっと自分の思いを文章にすることができつつある。

下園壮太の本を並行して読んでいる。
これにより自分のうつ症状や原因が言語化されていくのだが
その過程は(本にも書かれている通り)辛く痛みを伴うものだ。

昨夜は明け方まで眠れず
昨日記事 にした2人(こちら)をあの手この手で拷問するという妄想をしていた。
具体的なことを書くと何かに抵触しそうなぐらい酷い仕打ちをしたので詳細は伏せておくが
結局、どんな方法を使って拷問しても、怒りがほとんど収まらなかった。

なぜ、自分はここまで怒りが根深いのだろう・・・

眠りとは程遠い布団の中でそう考えるうち
自分の怒りの根っこのようなものを思い出した。

あまりに辛い思い出なので、今までの人生であまり言語化していない。
ただし、その傷はあまりに深い。
多分、一番深い。



今からそれを、話そうと思う。

私は小学校1年(7歳)の時、いじめを受けていた。

いじめというのは言ってしまえば「どこにでもあること」で、被害者の数も多い。
その件数があまりに多いため
私の書くことも「なんだ、この程度か」あるいは「子供のやることだから」と思われる可能性が高いし、
私があまり言語化できないのもそういったことを恐れてのことだ。

私の受けた深い傷を矮小化され、自分が失望したくないから、話せないのだ。
それは、このいじめが露見した後の大人たちのこの件の処理の仕方から私が感じたことであり
私の傷ついた思いを当時は誰も受け止めてくれることなく
ただ事態の収束だけが行われた。
それは、当事者の心なしに、大人の都合的に処理されたように私には感じられたし
そうされることで、私の思いは言葉にしてはいけない、恥ずかしいことなんだと思わされることになった。

私がこのいじめを言語化し、かなり不十分な形ではあったが、ある人に話すことができたのは、
実に、いじめから25年が経過した32歳の時だった。
それまでは、話すことができなかったのだ。
たまに思い出しても、蓋をして話すようなことではないと思っていた。

しかし、このいじめを乗り越えないと、私の鬱は治らないだろうし
ことあるごとに湧き出てくる他人に対する怒りも消えないだろう。

今思うと、蓋をしたその下には生々しく煮えたぎったマグマの怒りがずっと渦巻いている。
7歳の頃からずっと。
今でもずっと、現在進行形でたぎっている。
おそらくそれが、私の傷つきやすい性格・他人に対して棘のある態度・被害者意識が高くなる傾向の源だと思われる。

これを癒さないと、私が回復し前に進むのも難しいだろう。


いじめの経緯と詳細に入る。

小学校1年の2学期に、クラスの班ごとに班長を決めるという時間があった。
4人1班なのだが、私たち4人で話し合った時に「(私の名)が班長ね」という話が出た。
しかし、今思うと、それは冗談のようなものだったらしく、"場の空気"的にはその中心人物だった男の子(T男)が班長という"雰囲気"だったようなのだ。
その4人のうち、私だけが家が離れており、他の3人(T男、J男、M子)のことをよく知らなかった。
他の3人は、近所だったので、互いの力関係のようなものを知っていたのだろう。
そして、班長は権力のあるT男、という暗黙の了解があっただと思われる。

しかしそれを知らない私は、自分が班長になったのだと思い、
自分の班の番になった時に立ち上がり、「私が班長です!」と宣言した。

その瞬間、妙な空気が、班内を流れた。

そして、その日から、いじめが始まった。
私は班の3人から休み時間も給食中も無視され、
授業のワークやその他の活動でも、何かと非難されるようになった。

いじめの輪はすぐに広がっていく。
私の家から4軒先のS男(主犯)がいじめに加わった。

S男は私と登校班が同じで、帰宅方向も同じだった。
S男は、帰宅方向が同じの私に加え、おとなしいH君をいじめのターゲットにした。

「おいお前ら、キスしろよ」

複数人(班のT男、J男、M子もその場にいたはずだ。さらにその周囲の人間も)に囲まれ、私たちは逃げ場がなかった。
取り囲まれて反論も反撃も立ち去ることもできず、私たちは仕方なく従った。

「ゲー!」
「ホントにやったー!」
「きたねえ〜〜〜」

次々と喜んでいるような声、私たちをバカにする声。

誰も止めない。

下校途中、学校から少し離れたところで、みんなで輪になって囲まれ
その中央で何回も、キスを強要される。

それが、2学期から、毎日続いた。

いじめはエスカレートする。
上級生も見にきた。

5年生の男子、6年生の男子(I男。S男の兄の友人で、こいつも主犯)も
動物園でも見にくるかのように見物に来る。

取り囲まれた中で、I男が言う。
「お前ら、キスしたまま歩けよ」

私たちは口をつけたまま歩いて帰った。
それを取り囲む輪(10数人はいたと思う。もっといた気もする)も、一緒になって動いていく。
私たちを囃し立てながら。

見物に飽きた人間からそれぞれ輪を抜け家に帰り
散会状態になったところで、やっと解放される。

それが、毎日続く。

地獄だった。


私はまだ小学校1年生だった。

誰も助けてくれなかった。

止めろという人もいなかった。

女子も助けない。ニヤニヤして見ているか、「えー(絶対しないー)」みたいな反応。



私は自分で助けを求めるしかなかった。

しかし、私ができたことは、次のことだけだ。

帰宅すると、祖母が台所で夕飯を作っている。
両親は共働きなので、家にいない。

台所は居間入って右奥の壁一面に面していたので
いじめから解放され帰宅した私は居間に入り、右を向いて、
料理をしている祖母の背後から声をかける。


「ねえ、おばあちゃん」

「なに?」(振り向かない)

「おとこのこって、イヤだね」

私が辛うじて言えたことは、これだけだった。
でも、これだけでも、かなり、かなり、勇気を振り絞って出せた言葉だったのだ。

しかし、私の祖母は振り向くこともせず

「え?何言ってるの」

忙しそうに夕ご飯を作り続けた。

そこで終わった。


その後も何度か、同じことを言ったと思う。
でも、そこから会話が発展することはなかった。
祖母からは「なんども何言ってるの」と鬱陶しそうにされた記憶もある。


いじめは毎日行われた。
下校時のキスも、毎日あった。

3学期の終わり頃まで、毎日続いた。
4〜5ヶ月ほど、毎日続いていたんじゃないかと思う。
7歳の私にとっては、気が遠くなるような毎日だったと思う。
よく、学校に行けていたものだと思う。



そしてある日。
いじめは突然終わった。
学年の終わりに、担任に図書室に1人で呼ばれて何があったのか、聞かれたのを覚えている。

どうしていじめが知れたのか、その部分を正確に覚えていない。


でも、たしか、私が親の前でいじめを言ったような気がするのだ。

なぜなら、担任に図書室に呼ばれた時
「あのことだ!親が先生に言ったんだ!恥ずかしい!」
と思ったような記憶があるのだ。


でも、親と話した時の記憶は、断片的にしかない。

覚えているのは、
食卓の蛍光灯の灯り。白かった。
自分以外は、みんな背が高く、黒く高く見えた。
その高いところから、私にいくつも質問をされた気がする。
親の、取り乱した雰囲気もなんとなく覚えている。
母親が特にうろたえていたような記憶がある。

でも、その場面が、それ以外、どうしても思い出せない。


1年後、3年生になる時
私以外のいじめた人間(S男、M男、J男、M子)は全員別のクラスになった。
(1学年は2クラスしかなかったのだが、いじめられたH君は私と同じでなく、いじめた人間と同じクラスにされた。後日、祖母が下校中のH君に偶然会い「クラスが別れちゃったね」と声をかけたら「当たり前や!!!」とキレ気味に怒鳴られたそうである。)



今年、年末に帰省する時、いじめのことを親に聞いてみる。
それから、地元に残っている妹にも。
妹は当時のいじめはリアルタイムでは知らないと思うけど、
先日帰省して別の話をしていた時に、不自然なタイミングで同じ被害者のH君の話を出してきた。
私にとってH君と言えばそのいじめの話しかないので、戸惑い、困惑して話題を終了したのだが
それがとても気になるのだ。

もしかして、そのいじめの話は、私だけでなく家族も蓋をしていて
例えば、それが発展して、私が同性愛者なのは、そのいじめが原因じゃないかって思っているとか。

私も小学校高学年〜中学時代に好きな同級生の女子から拒絶され
同性愛者の噂を流されて後輩からも「先輩、レズだって噂ですよ^^」とからかわれたりして
真剣に悩んだことがある。

私は、男からいじめられて、同性愛者になったのかって。

しかし、それは単に、いじめの傷が癒えていないことからの妄想なのだと思う。

ただ、私は、この件について、同性愛者を異常だと考えている私の家族が、いじめがあったから私は同性愛者になった(性的に混乱しておかしくなった)と、因果関係に捉えてもおかしくないと思っている。


この話を今朝、仕事前(今日大変な日)のパートナーに話した。
出勤を遅らせて付き合ってもらったが、かなり消耗させてしまった。

今後は、医者に話してカウンセラーをつけ、年末家族と話して、その話す準備も入念にした上で、
この傷を癒やそうと思う。


最後に:読んでくれて、ありがとうございます。

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# by oshichisblues | 2017-12-13 15:39 | 人生休憩中 | Comments(0)